第19回総会・記念講演

矢ヶ崎克馬

内部被曝

原爆・劣化ウラン兵器と人類への宿題(要旨)

矢ヶ崎 克馬(琉球大学理学部教授)

やがさき かつま: 1943年東京生まれ。1974年広島大学大学院卒。1974年4月琉球大学に着任し、現在、琉球大学理学部教授(専門は物性物理学)、理学博士。所属学会は日本物理学会、熱電学会、New York Academy of Science等。日本科学者会議会員。著書に「核の原理」琉球大学核の科学教材研究会(1984)、「力学入門」裳華房 (1994)、「放射能兵器『劣化ウラン弾』」技術と人間 (2003) など。

1. 北海道の新鮮な印象

皆さんこんにちは。北海道に久方ぶりに来まして、札幌の空港に入るところをずーっと飛行機の窓から下を眺めておりました。広い平たい大地の中にあって、「あっ、川が蛇行しているぞ」「道が真っすぐついている」、そういうのが沖縄とまるっきり違う環境でして、感激いたしました。

沖縄はもう真夏に入っていまして、きのう出てくる時も朝の10時半ぐらいでしたが、もう既に32度になっておりました。真っ青な、どちらかと言えば過激な空から太陽も威勢よく照っておりまして、北海道はなんとやさしい空をしていることかと。今朝起きてみると、お日様が出るのが沖縄より1時間早いんですね。沖縄は夜更かし朝寝坊と言われるはずだと納得した次第です。

2. 集団自決に関する教科書検定に沖縄全自治体で撤回要求決議

本日のテーマに入る前に、沖縄の実情をひとつご紹介します。

図1 全自治体の議決

図1 全自治体の議決
  「集団自決」検定意見に対する撤回要求が全自治体議会で議決されました。

図1)は、教科書検定で問題になっていた集団自決の件です。いまの政府は、侵略戦争を大東亜戦争と言い、従軍慰安婦、南京大虐殺と、日本軍の行ったネガティブな側面は一切歴史上から抹殺したいというような思惑があるように思います。沖縄戦での集団自決についても、日本軍の関与があるという記述をすべて削除させたという検定の意見に対しまして、沖縄県には、41市町村議会がありますが、検定意見を批判し、撤回を求める議決を、全議会が可決しました。もちろん県議会もです。沖縄の県民は、沖縄戦で20万人死者を出した、この歴史的事実を歪めて子どもたちに伝えるということは絶対ゆるせないということを、みなさん強く思っております。署名も全国的規模で展開されて、既に13万人の署名が集まってきているそうです。6月23日が沖縄戦慰霊の日ですが、この日に向けて新聞でも特集が編成されました。例えば、琉球新報の特集のひとつに「集団自決について」がありますが、記事の特徴的なことは、「戦陣訓」を住民に強要して、「生きて虜囚の辱を受けず、ノ。」と説くとともに、米軍に捕虜になれば女性は乱暴され、男性は虐殺される等の恐怖心を煽っていることを裏付けて、そして日本軍が住民に自決の手段として手榴弾を渡しているということを書いています。沖縄でおきた集団「自決」は17カ所でした。

3. 内部被曝とは

本論に入る前に内部被曝とはどんなものかをご説明します。放射線の害悪は原子内の電子を吹き飛ばす電離を行うことによりますが、電離により原子同士が結びついていた分子が切断されます。DNAを傷つけることで癌などの健康被害が深刻であることが言われています。被曝には内部被曝と外部被爆の2種類の被曝形態があります。内部被曝は、水や食べ物に放射性物質が含まれていて、それを飲んでしまう。空気中に含まれている浮遊している放射性物質を呼吸で取り入れてしまう。こういうふうにして体の中に入った放射性原子が体内で放射線を出す。これが内部被曝であります。

図2 内部被曝と外部被曝

図2 内部被曝と外部被曝
  外部被曝の測定は被爆者の被曝のほんの一部しか計測していません

図2)は外部被爆と内部被曝の違いを絵にあらわしているものですが、放射線には3種類あります。その3種類のうち、放射線を発する源の放射性原子が体外にある外部被曝の場合は、体に届くのはガンマ線だけです。あとはなぜ届かないかというと、飛ぶ距離がうんと短いからです。アルファ線はエネルギーが非常に大きいにもかかわらず、非常にわずかしか飛ばない。ベータ線も同様です。この図には10mと書かれていますが、たいがいは1m以下です。ガンマ線は相互作用が小さいために長距離飛べるわけです。従ってガンマ線被曝は身体全体に渡りますが、非常に散漫なのです。

これが内部被曝になるとどういう状況になるかというと、体の中でアルファ線が放射されます。空気中で45mm飛んだものが、体の中では40μmというわずかな距離しか飛びません。この短距離に全エネルギーを出します。アルファ線のエネルギーはほぼ400万eVですが、原子内の電子を吹き飛ばす電離エネルギーが平均40eV弱ですので、この短い距離の間に10万個の電離を行う。アルファ線は局所的な集中した電離を行います。ベータ線はだいたい1~10cmぐらいは飛ぶんですが、やはりこの中に全部エネルギーを費やしてしまいます。ガンマ線だけは体の外まで出ていく。外部被曝がアルファ線やベータ線は被曝に関与せず、ガンマ線だけに被爆するという条件に対しまして、内部被曝では、アルファ線、ベータ線が非常に大きな被曝を与えます。核分裂生成原子の場合、ベータ線が圧倒的多数でガンマ線が付随している状況で、ベータ線、アルファ線には被曝の局所性と継続性があるわけですから外部被曝に比べて極端に大きな被害形態であることを強調したいと思います。

4. 内部被曝の隠蔽の目的は?

アメリカが核兵器と原子力発電等を含む核戦略を展開する上で、メごく微量で死に至る深刻な長期的健康被害を与えるモことを世界に知られることが大きな障害と考えました。核兵器の直接被曝で人を殺し破壊を行う効力だけを誇示したかったが、それは通常兵器と同じであり、「環境を汚染し長期的に人々を苦しめ続ける特別な害悪」をもたらすことは隠したかった。原子力発電所で垂れ流す物質としての放射能が人々を苦しめることを隠したかった。核戦略と核推進をするために内部被曝は邪魔であったので、政治力を掛けて隠蔽したのが実情であると思います。内部被曝を勘定に入れて、ヨーロッパ放射線リスク委員会という科学者集団が、内部被曝で実は戦後6500万人もの市民が放射線によって亡くなっているということを発表しています。内部被曝を隠蔽することによって犠牲者が隠されたのだと言うことに注目していただきたいと思います。

5. 内部被曝隠蔽の手段

本日は、原爆被爆者の内部被曝がどんなふうに隠し続けられているかということを中心にお話しします。  3つの要素からなると思っておりますが、1つは、アメリカの核戦略に位置づけられる占領政策によるものですが、広島・長崎の被爆データをいっさい秘匿してしまい報道も規制する秘密主義です。2番は、データ秘密管理の目標であったものですが、爆心地周辺の広大な地域に渡って放射線被曝により長期間癌等で人々を苦しめる「内部被曝」を、放射線判定基準から排除したこと。これはABCC中心の被爆障害調査により、被爆者の内部被曝を排除下データねつ造により国際放射線防護委員会(ICRP)の基準作成で実現させました。3番は、被曝線量評価体系のDS86により、公式に内部被曝のデータを被爆者自体から消し去ったことです。「内部被曝」のデータの隠匿により「内部被曝を見ることのできない」ICRP基準を作り上げ、それにより「内部被曝は事実上ゼロである」という虚構の世界を公式なものとして作り上げた。特に、日本の国の審査基準から排除されて、さらに科学的な基準自体から内部被曝も排除されるということで、被爆者は二重に内部被曝を否定された訳です。

ICRP(国際放射線防護委員会)基準については、具体性を捨て去った単純化、平均化の手法により、内部被曝の局所性、集中性を評価対象から外し、極端に過小評価する体系であるわけですが、これはあとでご説明します。

6. ロシマナガサキにおけるデータの秘密管理と報道管制

歴史について、原爆投下直後にどんなことが起こったかということをかいつまんでみておきます。  1945年9月2日にミズーリ艦上で降伏文書に調印がなされました。そのすぐあと広島入りしたバーチェットがロンドンのデイリーエクスプレスに、「ケガを受けなかった人が30日後も不可解かつ悲惨に亡くなり続けている」という趣旨の報道をしております。同じく広島入りしたローレンスがニューヨークタイムズに「人々はいまも1日100人の割合で死んでいる」という報道をしました。

これに対して原爆を作製したプロジェクトの「アメリカ軍マンハッタン管区」の情報管理をしていたファーレル准将が急遽東京入りして、「死ぬべき人が死んでしまい、9月上旬において原爆放射能で苦しんでいるものは皆無だ」という発言をしています。

その後、占領軍が広島入りして一切の被爆の資料を管理して、プレスコードをおこなった。もちろんプレスコードだけではなくて、被爆に関する市民運動も、詩歌などの文芸作品も一切弾圧の対象としているわけです。こういうふうにして、一切のデータと市民の動きを占領軍が管理するわけです。ちなみに、世界に被爆のことが初めて伝えられたのが、1952年に平和条約が調印されましたが、その翌年、草野信男先生によって国際医師会議(ウィーン)において初めて被爆の現状が報告されました。

7. 米核戦略と内部被曝隠蔽作戦 原子力委員会、ICRP、ABCC

一方アメリカの国内においてどんな体制がすすんでいったかといいますと、まず米本国にCABC(原爆傷害委員会)がつくられて、同時に、日本にABCCがつくられました。これが原爆傷害調査委員会です。1975年には放射線影響研究所(放影研=RERF)に転身しています。しかし放射線影響研究所というのはABCCの管轄が日本政府に移ったというだけで、いまなおアメリカのエネルギー省の役人が実質的管理を行っている組織です。放射線科学自体が政治的対米追従とまったく同じように、アメリカ及びそれに協力した日本の戦略的な立場に従ってきたという歴史をもっているのは誠に残念です。

一方、放射線管理基準をつくったICRPなんですが、原爆が投下された後、アメリカでは原子力委員会がすぐつくられております。同時に合衆国の放射線防護委員会(NCR)というのがつくられました。この機関にはいくつか委員会がおかれましたけれども、第一委員会は外部放射線被曝限度で、第二委員会は内部放射線被曝リスクに関する調査研究を開始しました。特筆すべきことは、1950年に、このNCRがほぼ委員メンバーも同じままICRPに流れ、ICRPが設立されていきます。ところがICRPを設立した直後、ICRP第二委員会の「内部被曝」の審議打ち切りを断行してしまいまして、1953年まで発表されなかったというような歴史的事件が起きています。それ以後、一切「内部被曝を研究してICRP基準に反映させる」という科学に則った基準作りは放棄され、外部被曝だけに視野を限定する操作が行われます。

8. CRP規準は具体性を捨象した単純化・平均化システム

放射線の被曝の状態をみる国際放射線防護委員会、ICRPの基準についてですが、その基準の放射線の測り方というのは、単位質量当たりのエネルギーで測られております。これは、概略で言えば、放射線の健康破壊作用は電離による。電離の数は放射線の持つエネルギーに比例する。そうすると、単位質量あたりにどれほど放射線エネルギーが吸収されたか、と言うことが被曝量の目安になります。その側面から見るとICRP規準で測られる根拠はあるわけです。けれども、それだけでは、具体的にガンマ線で被曝したのか、アルファ線やベータ線の非常に飛ぶ距離が短いものによって同じエネルギーを与えられてしまったか、という被曝の具体性が一切捨て去られております。身体全体で平均化して単純化するシステムのICRPは結果として、ガンマ線での外部被曝はほぼ正確に評価できるが、内部被曝には全く正確さを欠く極端な過小評価をしてしまうわけです。ICRPは内部被曝を「無視する」国際基準となりました。

こういうシステムですから、科学の権威を集めて基準をつくったといわれるICRPは、世界中の放射線科学者が使っているんだけれども、戦後60年科学者が被爆の実態に具体的にメスを入れることを排除してきたのです。

もう1つ、ICRPの基準というものは、「ICRP勧告のサマリー」にはっきり書いてあるのですが、経済的社会的要因を考慮して、合理的に達成できる限りの制限を行う。要するに、原子力発電所などを運営していくうえに邪魔にならない体系なのだということをはっきり宣言していることです。この点に関しては、ヨーロッパ放射線リスク委員会はあからさまにICRPの基準を、「商業原子炉や核戦略を遂行している人たちの妨げにならないように」つくりあげられた。だから内部被曝の無視ということでメスを当てると、まさに「原子力推進を妨げないために内部被曝を無視せざるを得なかったんではないか」と判断しております。

9. 爆発に伴う放射線

原爆からの放射線にはどういうものがあるかというと、第1は初期放射線で、直爆というふうにいわれておりますが、直接核分裂した上空で発射され体を貫いていく放射線が初期放射線です。それに対してもう1つは、放射性降下物、核分裂の材料も、核分裂のあとできた原子も、すべて放射性原子です。その放射性原子から出てくる大量の放射線があります。後者の放射能原子が内部被曝の原因物質となります。今回の議論は、放射性原子についてです。

図3 原子、原子核、放射能、放射線

図3 原子、原子核、放射能、放射線
  放射能は原子核から放射線を発する能力あるいはその性質を言い、
  放射線には、アルファ線、ベータ線、ガンマ線の3種類があります。

まず原子ですが(図3)をご覧ください。一番中心に原子核がありまして、その周囲に丸く書いたのは電子の軌道ですが、電子がいっぱい回っております。この原子のサイズを野球グラウンドまで大きく拡大したら、原子核の大きさはどのぐらいになるかというと、野球グラウンドの真ん中にゴマ粒を1つ落とす。そのゴマ粒の大きさが原子核の大きさなんです。ですから原子核はうんと小さい。核分裂を継続させるには、これを連鎖反応と言いますが、たくさんのウラン235などを集めなければいけない。連鎖反応に最小限必要な量を臨界量と言います。

核分裂というのは、ウラン235とかプルトニウム239などの特定の原子核だけに起こる現象なんですね。原子核に中性子が1個飛び込むと、原子核が真っ二つに割れまして、割れると同時に中性子が2ないし3個出てきます。これが核分裂です。そのとき出てきた中性子が次の原子核に当たっていく。そこで連鎖反応をすることになります。

それで、放射能という概念の説明を致しますが、自発的に、外からの刺激なくして、原子核から放射線が出てくる現象がありまして、原子核から放射線を出すことができる能力のことを放射能と定義しています。

原子核から放射される放射線には3種類あるわけですが、1つはヘリウム原子核が放射されるアルファ線、これは非常に質量の大きい、かつエネルギーが大きいものです。ベータ線というのは電子なんですね。それからガンマ線というのは物質ではなくて電磁波でエネルギーを持ちます。これら3つが放射線といわれているものです。

核分裂をしたときに、連鎖反応の終盤で大量に生まれた中性子と巨大なエネルギーがガンマ線になって地上に降り注ぎます。これが初期放射線でして、これは爆発した上空から放射される放射線で、直接体を貫くものです。埃となって飲み込んだり吸い込んだりするような、そういうタイプではありません。

核分裂の連鎖反応は、1つが分裂して2つの原子核に中性子が当たるというのが実態に近いといわれています。これが70回繰り返されてやっと1gのウランが核分裂します。これが80回程度で広島、長崎の炸裂程度の威力になります。この間、わずか100万分の1秒かからない、非常に短い間のことです。ここでつくりだされた中性子とガンマ線が初期放射線になっていきます。

10. 爆風の原理

図4 空気衝撃波

図4 空気衝撃波
  高圧に圧縮された空気の固まりが周囲に広がります。
  爆風が地上を襲う時点では、全ての放射性原子は火球の中に保持されたままです。

この(図4)は原爆の爆風の原理を示しています。普通の爆弾というのは、炸裂する本体の中に詰まっているものや覆いに使われている鉄剤が飛び散って、それで破壊・殺傷しますが、原爆はちょっと違います。まず火球が一挙に200mぐらいまで膨張しますが、これがこの中にあった空気を全部外に排除するものですから、ものすごい空気の超高圧の状態ができて、外に伝わっていきます。それが高圧衝撃波と呼ばれるもので、これが地上を襲って、衝撃波の前と後ろで非常に強い爆風を生むわけです。核分裂した火球そのものの中に放射能が全部詰め込まれていますがそれが爆風とともに地上を襲うのではないんです。

11. 全放射性物質は火球の中に保持され原子雲の頭部に

図5 原子雲

図5 原子雲
  火球から放射性降下物が周囲に降り注ぎます。
  放射線による電離に伴う水分の凝結作用で水平に広がる原子雲が生じます。

原子雲の様子を(図5)に書きましたが、こういうふうにして、原子雲の頭は火球がどんどん冷えながら上昇していく。頭部に放射能が一切詰まっているわけですね。詰まっている放射能は放射性降下物として落下していきます。ここでちょうど空気の界面に水平方向に広がる原子雲の1つの層ができます。放射能原子が水分を含んだ空気中で放射線を発射すると、空気が電離されたプラスとマイナスのイオンのところに水分を凝結させて水をつくる。原子雲でこのような雲ができるということは、そこに放射性降下物があるということを意味します。いっぱい雲ができる、その雲の下には放射性降下物が、矢印で書かれているようにいっぱい降り注いできます。その雲から黒い雨が降ったり、雨を伴わずにそのまま放射性物質が地上に落下する。原子雲の中心が強い上昇気流ですから、その周囲には下降気流の群れが沢山できる。その下降気流で放射性降下物が降り注ぎます。そういう空間がそこにつくられました。その直径というのは広島も長崎もだいたい20km。ちょっといびつなんですが、直径20km程度の広がりの下には、放射性降下物が満ちあふれていたといえます。

12. 原爆放射線量評価体系

では、原爆の放射線量をどういうふうに評価していたかという歴史的なシステムですが、まずT57D(Tentative 1957 Dosimetry)といわれているものがあります。これは当座の線量評価ということで、アメリカから提供されました。これが65年にT65Dとして改定されます。

DS86 (Dosimetry System 1986) なんですけれども、このとき初めて放射性降下物を取り扱いました。残留放射線と放射性降下物を「科学的」というスタイルで取り扱ったのはここだけです。それから2002年にはDS02 としてさらにDS86が検討されましたが、検討内容は初期放射線に留まって、放射性降下物の見直しというものは一切おこなわれておりません。そういうことで、初期放射線に関しては、繰り返し検討されてきたけれども、残留放射線に関する放射性降下物はDS86で取り扱われただけで、これが決定的な意味をもつことになります。このたった1回限りの「科学的」検討というのは、内部被曝を隠蔽したいという政治的意図との関わりで、1回限りというところに、大きな意味があると判断しています。

この評価システムにより、原爆の放射線というのは初期放射線だけが人々に被害を与えて、放射性降下物は一切の被害を与えていないという「虚構の世界」が描き出されました。初期放射線については、2km以内だと被爆していると認められます。しかし、それ以上離れたところは、日本の政府の基準というのは一切放射線は到達していないということになり、「放射性降下物そのものを無視している」虚構のもとにすすめられています。原爆症認定集団訴訟で訴訟を起こしている方々の居住地はいずれも爆心地から遠くの地点です。現実は直接被爆だけで説明できるような実態ではとてもありません。

13. DS86の「反科学」的特徴

まずDS86というのは、科学にもとづいて残留放射線を評価したという被爆線量計算の基礎になるものなんですが、これがとんでもない代物です。1つは、台風によって広島デルタ地帯は床上1mの大洪水に見舞われている。それから長崎も1200mmの降雨を受けている、それにも拘わらず、現場保存がされているとして、台風後に測定した放射線量をはじめからあったものとして取り扱っています。DS86ではとんでもなく少ない値を提示し、取るに足らないものだというふうにしております。

また測定の中身は、基本的にはガンマ線だけで、内部被曝をした場合に一番おそろしいベータ線、それにアルファ線を無視しています。ホールボディーカウンターだなんていって、内部被曝を測定する振りをしている。しかし、DS86のこの方法は内部被曝というメカニズムを完全に無視したやり方です。完全に外部被曝を測定する手法で内部被曝を「測定した」といっているのです。

一番重大な点は、86年当時既に確立していた、50年代後半までに得られていた、核分裂についての知見を一切無視して、「そもそも原爆でどれほどの放射性物質が作られたか」という観点は全く介在させずに、台風で洗い流された後の「ガンマ線測定」だけでまとめられたというのがDS86です。「よしの髄から天井を覗く」といいますが、そもそもの放射線環境はどれほどだったかを見ようともしていない「反科学的」内容なのです。

14. 床上1mの濁流(広島)と大量降雨

図6 台風後の測定

図6 台風後の測定
  強烈な台風で放射性鉱物は洗い流されました。
  その後の残留している放射線のごく一部だけをDS86は測定しました。

まずいちばんは台風の問題です。台風には、枕崎台風と阿久根台風がありましたが、枕崎台風は広島も長崎も襲っておりまして、特に広島では、20の橋が流失して床上1mの洪水が爆心地を襲ったという、デルタ地帯全体を飲み込む大洪水が起こっております。これらの様子は柳田邦男の「空白の天気図」に非常な迫力で、詳しく書かれています。阿久根台風も来ました。3カ月で広島は900mm、長崎は1200mmという大量降雨があった。その影響を無視して測定結果をまとめているというのが、第1の点です。

結局、DS86でどういうことをやったかというと(図6)をご覧ください。この図の横軸には時間軸を書いております。2週間が被爆者認定限度、6週間目に枕崎台風、最初の測定の日にちというのは枕崎台風の後です。縦軸は放射線の強さなんですが、最初非常に強い放射線量があり、徐々に弱まっていきますが、ここで台風が来て洗い流されるということになります。どれだけ残っているかということは不明なので、ここでスケールがちょん切ってあります。これだけ残ったといたしますと、これははじめにあった減衰曲線の100分の1か1000分の1かのわずかな残存量です。DS86で行っている測定というのは、その残存量のうちのさらにごく一部分でしかないガンマ線だけを測定して、これだけの量しかない。それを投下時まで引き伸ばしても、元々測定している量が微少部分の量でしかないのでさかのぼっても微少量です。DS86は、放射性降下物自体は取るに足らない被曝量を与えるものだとしているんです。台風前の被曝量を推定しなければならないのに、台風後の量を議論しているのです。

15. ベータ線が主なのにガンマ線だけの測定

図7 核分裂生成原子のベータ崩壊系列

図7 核分裂生成原子のベータ崩壊系列
  原爆投下後の放射の圧倒的大部分はベータ線です。核分裂生成原子はベータ崩壊の系列を形成します。
  何故DS86はベータ線の推定をしなかったのでしょうか?

図7)は核分裂で生じる放射能原子を重さ(質量数)毎に整理してあります。この表はそのごく一部分だけを表示しています。例えば質量数137のところを見ますと、ヨウ素53、キセノン54、セシウム55、バリウム56と次々に矢印で繋がれていますが、これは全部ベータ線を出して原子の種類が変わっていきます。ベータ崩壊系列と言いますが、全ての生み出された原子はこのような系列を持ちます。核分裂で生まれる原子というのが120以上もあるというふうにいわれております。この図に示されているように最も大量に出される放射線はベータ線で決してガンマ線ではありません。ベータ線に伴ってガンマ線が出る場合もあるし、出ない場合もある。ガンマ線が本体ではないんですが、DS86ではガンマ線しか測っていない。

16. セシウム137のガンマ線という言い方は間違っている

DS86では測定の主体としてセシウム137のガンマ線を捉えています。しかし「セシウム137のガンマ線」と表現すること自体が、間違っています。セシウム137の崩壊は、まずベータ線を出してバリウムになります。バリウムは不安定バリウムで、そこでガンマ線を出して、安定なバリウムに変わるというわけなんです。放射平衡という現象が出来上がっていて、ベータ線とガンマ線が同時に出る。内部被曝では重大な意味を持つベータ線を不問にして、隠している。ホールボディーカウンター測定の場合にも、内部被曝の測定を標榜しながら、確実に2つのプロセスの放射線が出ているということを完全に無視しているというのが、科学という名前を使ってごまかしている1つの実態です。ガンマ線だけの測定ということで、ごまかしている。

17. 誤魔化す意図をもって仕組まれた測定:ホールボディーカウンター

ごまかしの最たるものが、DS86は内部被曝を測定するということで、ホールボディーカウンターを使っています。ベータ線を無視するという単純な「反科学」を行った以外に、ひとつの典型的なごまかしの手段として、重大な「内部被曝自体を隠す意図」を持って行われているのです。

いままで半減期という言葉を、物理的な半減期、放射線を出すと自分自身が違う元素になってしまう、だから違う元素を作り続けて、もともとの量が半分になるまでの期間を物理的半減期と呼んでおりますが、特に内部被曝で問題になるのは、生物学的半減期です。生物学的半減期というのは、体の中に入ったものが排出される、はじめの量が半分になるのにどのぐらいかかるかというのが生物学的半減期です。セシウム137の半減期というのは100日だというふうにいわれています。

ところが、ホールボディーカウンターで測定したのは、1969年と81年、2回ありますけれども、25年近く、あるいは36年、そういう長期間経ったあとで測定して、100日の半減期で、そもそも最初に体内に入ったものが測定できるかというと、既に排出され尽くして絶対に測定できない量になっています。これは半減期100日の計算で見積もると、もともとの10の18乗分の1になっている。こんなバカな測定を何故したかというと、被爆者がそもそも被曝した内部被曝の状況は分からないことをはじめから知っていて、仕組んだ測定なのです。

今年の6月6日の中国新聞に報道されたものですが、「原爆残留放射線の人体影響、ABCCに指定調査を促す」という見出しで、米原子力委員会がABCCの研究者に向けて書いた書簡の中身をここに書いてありますが、「ホールボディーカウンターで何も検出されない結果が出るのがわれわれの見解だけれども、こういう否定的な結果で十分なら、たくさんの人を計測しなさい」というようなことが書かれております。また米原子力委員会の別の研究者がやはりABCCの研究者に送っているのですが、「まず今の時点で調査しても、原爆投下時の内部被曝がゼロであるという結果を得ても、原爆投下時の内部被曝の可能性を否定しているわけではない」という見解を示しながら、「しかしいま否定的な見解を出すということは、被爆者が統計的に比較される対象の非被爆者コントロール群としている人々と比べて、放射線被曝の量が違わないということを示すことで、非常に貴重だ」ということをいっているわけです。

18. セシウム137は核分裂生成原子のたったの3.1%

図8 核分裂生成原子の生成率

図8 核分裂生成原子の生成率
  一個の核分裂で生じる核分裂生成原子の確率を、質量毎に示しています。

実はセシウム137という原子は物理的な放射性半減期が30年近くという長いものですから、随分あとまでたくさん測定されているのですが、核分裂で生み出される原子のたった3.1%。これだけ測定しても決して全部の放射線量ではないのです。

図8)は、核分裂でどれだけの種類の原子が生み出されるかということを原子の重さ毎に表したものです。一番上のところにセシウム137などの一群のものがあって、こちらにはストロンチウム97などの一群があります。これがこの表では7%近くありますが、これは一個の核分裂で2つ原子ができますので、できた原子は200%になる。ですから、できた原子自体に対する生成率にすると、これらが約3.1%の確率であるということになります。けれども、こういうたくさんの原子があって、それでセシウム137というのはたった3.1%だということ自体が、DS86では完璧に無視しているのです。他の原子を見ると、137と同じぐらいあり半減期もほぼセシウム137と同じのストロンチウム90などがありますが、完全に無視している。アルファ線などウラン235やプルトニウムはその存在さえまったく無視しているというのが測定の中身です。

この表を認知していて科学的に推察に使うと、セシウム137を測定すると後の96.9%が分かる。原子の量が算出できると、半減期も分かっていますので、被曝した当時の放射線量が分かります。しかしDS86はそのようなことはせず、セシウム137が全てであるとして計算しているというのが実態です。

19. 放射性埃たった3マイクログラムで重篤な急性症状

図9 急性症状をおこす埃の重さ

図9 急性症状をおこす埃の重さ
  急性症状を与える放射線被曝量に基づいて、被曝をもたらす放射性降下物の質量数を計算しました。
  たった100万分の1グラム程度で急性症状が出ます。

ちょっと視点を変えて、現実の広島長崎で、どれだけの放射性物質を体の中に取り入れてしまうと急性症状が出るかということのシミュレーションをしました。実効的な半減期5日というのは、チェルノブイリの炉心爆発で周辺に飛び散った放射能の半減期が5日であります。半減期5日のもう1つの理由は、DS86で彼らが使っていた、たくさんの半減期の違うものがミックスした場合の曲線を考慮すると、やはり被曝後7日ぐらいで5日という半減期になります。被曝して7日間体内に入れていたという仮定をして計算しています。

図9)では図中に書いてある被曝量に到達するために、それぞれどれくらいの質量が必要かが書いてあります。1.2グレイが下痢や発熱、3グレイが脱毛や紫斑などの原爆症が出てくる標準的な被曝量です。内部被曝では3グレイには100万分の3gが必要です。こういう非常にわずかな、100万分の1程度の物質を体の中に入れるだけで急性症状が出てくる。たった3μgで急性症状が出ます。たった100万分の3gです。

ちなみに100万分の1gというのが原爆投下後7日目時点でどういう強い放射能をもっているかというと、毎秒6億個の放射線を出します。1日の量にするとこの86400倍。この埃を吸い込むととんでもなく大量の被曝をするのです。台風が来る直前で毎秒1億個というふうに減少しておりますけれども、これだけたくさんの放射線を出すものですから、非常にわずかなものを吸収しただけで、放射線障害が出てくるわけです。私の計算では、ICRP基準で、そもそも非常に薄めた計算方法で示しておりますけれども、実際は100万分の1のさらに1000分の1、あるいはもっと少ない量で原爆症が実際に出てきたというのが実情です。

20. 原子雲の下は猛烈な放射能環境

図10 降り注いだ放射性降下物

図10 降り注いだ放射性降下物
  火球の中に作り出された放射性物質のたった10%が原子雲の下に降り注いだとして
  計算した1平方メートルあたりの降下量が急性症状をもたらす量に匹敵します。

図10)は原爆投下後の放射能の強さを計算したものです。火球の中につくりだされた放射能のたった10%程度が地元に降り注ぐという仮定で、1平方m当たりに降り注ぐ放射能の量が急性症状を与える量に匹敵するというのが計算結果です。火球の中には広島で60kgのウラン、長崎では8kgのプルトニウムが全ての放射能の源材料になりました。

原子雲の広がりの範囲を直径20kmの円として、そこにどれだけ降り注いだかという計算をしたわけですが、降り注ぐ量が全体の火球の10%。25%というように仮定をして計算しました。10%の場合、1平方m当たり0.4μg程度。ですから1平方mに降り注ぐ量で十分急性症状が出てくるような物質量になります。長崎の場合も同じようなものです。降り注ぐ量が厳密に均一に降り注いているわけではなくて、下降気流とかあるいは黒い雨が降る、降らないというような条件でかなりムラがありますけれども、原子雲が広がった範囲のもとではどこにいても急性症状を出して当たり前だったという結果が出ております。

21. 被爆者の実態

肥田舜太郎先生がよくおっしゃっていましたが、「どこにいても放射線障害になったんだ」と。それが被爆者の実態だとおっしゃられていますが、計算してみると、そのとおりの結果になっています。被爆者の実態の一例ですが、被団協(日本原水爆被害者団体協議会)で調査した、ぶらぶら病という、風邪を引きやすい、疲れやすい、無理ができない、だるい、根気が続かない、といった症状は爆心から2km以内からずっと遠くまで、ほとんど同じような割合で出ています。その他証拠を挙げればいとまがありませんが、被爆者の実態が放射性降下物による障害を非常に広い範囲でまともに受けているということを裏付けています。

2km以遠の方は放射線を浴びなかったとする審査基準を現在国は持ちますが、2km以遠や入市の人たちの被曝が実はたいへん高かったということを、全国平均と比べて確認したドイツの科学者がいます。フォイエルファーケさんです。そのような調査を日本人科学者がしていないことが悲しいことですが、政府が非被爆者とした人たちが全国平均と比較すると政府の「非被爆者」は被爆者であることを浮き彫りにしました。

22. 劣化ウラン弾

劣化ウラン弾について、「ICRPの規準によると、劣化ウランは放射線障害とは無関係」といっている民主的な科学者もいるわけなんですが、実はそうではない。ICRPの基準自体が大きな「似非科学」の中身を含んでいるということを申し上げたところです。具体性をきちんと科学していないところから、そのような米軍と同様な見解が生じ得ます。具体的に科学する必要があります。ICRP規準が具体性を捨象した単純化・平均化の手法であること、内部被爆:局所的被爆の評価は極端な過小評価を行う体系であることを認識すべきです。第2に、しばしば自然放射能と比較して論じられていますが、自然環境中の劣化ウランは基本的にはアトムが一個一個の状態で存在するに対し、劣化ウラン弾からのウランは必ず微粒子を形成し膨大なウラン原子を含んでいます。アルファ線が繰り返し放射されることで発癌までの期間が短縮される可能性があります。第3は、局所的に集中して被曝を与えるアルファ線の場合には、近隣効果、間接効果で、変性された細胞が大量に生き残る可能性があることです。第2次湾岸戦争でバグダットなどの都市部で大量に劣化ウラン弾が使用されましたが、再び癌患者が急増していることが報道されています。

23. 内部被曝を勘定すると放射線犠牲者は6500万人

ヨーロッパ放射線リスク委員会が1945年から89年までに、放射線でどれだけの人がなくなったかをシミュレーションしました。ICRPの基準では、癌でなくなった人は117万3千人。小児の死亡者は勿論いません。生活の質の喪失というのも、放射線を受けたために健康に生活できなくなった人ですが、それもありません。それから初期の乳胎児の死亡、生まれてすぐの子どもの死亡といったものが、内部被曝を認めていないものですから、全部ゼロなんです。

こういった内部被曝を認めない現れは例えばチェルノブイリでたくさんの人が甲状腺疾患で苦しんだり、癌でなくなったり、いまもなおたくさんの人が病院で苦しんでいます。これだけたくさん癌患者がいるにもかかわらず、ICRPはもちろん、IAEA(国際原子力機関)も、放射線による癌や甲状腺疾患とは決して認めないんです。彼らがこれを認めると、たいへんなことになるということを認識しているものだから、内部被曝に起因するようなそういうものは認めないというのが、ICRPの基準なんです。

それに対して、ヨーロッパ放射線リスク委員会が、癌でなくなっている人たちがどれだけいるかというと、6161万9千人。小児の癌の死亡者は260万人。それから生活の質の喪失10%。初期胎児、死産が185万人。トータルで6500万人がなくなっている。もちろんこの放射線の源は大気圏核実験だけではなくて、原子力発電所その他の核施設も原因の1つということです。核実験と原子力発電所などの撒き散らしている放射線によって、癌、免疫力の低下、それから乳幼児、感染症、こういった方が苦しんで大量になくなっているのです。

原子力発電はいま、地球温暖化を救うエネルギー創出方法だなんて、あらためて日本の放射線科学人を含めて、企業が大きい声を上げつつあります。日本は特に、安全神話と呼ばれている「原子力発電は絶対安全である」という根拠のないキャンペーンを張って、安全性だけを誇大宣伝しておりますが、そういうことはきちっとメスを入れていく対象であるし、データから見ると、原子力発電は中止していかなければならない対象であると考えます。

どうもご清聴ありがとうございました。

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